INTERVIEW
――『優游涵泳回遊録』、とても素晴らしい作品だと思いました。『フレデリズム3』でそれまでに培ったフレデリックの流儀とサウンドをビルドアップした集大成を確立したからこそ、今度はその先にある未知の領域を切り開くような、とても刺激的で新しいフレデリックのサウンドが鳴っている作品だな、と。かなり攻めた作品であると同時に、このバンドにとって重要な挑戦がなされたミニアルバムだと感じるんですが、それぞれこの作品をどう捉えているのかということから伺えますか。
三原健司(Vo>)「2022年は『フレデリズム3』を作ったからこそ、しっかりとした軸ができたと思っていて。『フレデリズム3』はいい意味で全部出尽くしたくらいの状態だったんですけど、そこからまた楽曲を作りましょうってなった時、もっと遊びたいなと思ったんです。実際に今作は遊ぶ感覚で作れたなと思ったし、それが楽曲とか一つひとつの音で表現できたなと思ってて。フレデリックの遊び方はこういうところですよっていうのをいろんな側面から詰め込めた感覚がありますね。自由度が増したというか、表現方法にしても自分達の引き出しが増えた実感もあります。康司が最初にコンセプトを持ってきてくれた時から、これは『フレデリズム3』とは違ったフレデリックを届けることができるだろうし、今までのフレデリックの歴史を振り返っても面白いと思える作品になっていくんじゃないかという予感はあって。それこそ新しいところに踏み込んでいける、いい作品になるんだろうなっていう期待がありましたね」
赤頭隆児(Gt)「『フレデリズム3』は凄い自信作だったんですよ。今の自分らにできることを全部やったアルバムだったなという感触を凄く持ってたんですけど、今回はそれを全部超えられたなと思います。一人ひとりが1個ずつ進化して取り組んだからこそ、全部超えられたような気がしていて。だから凄く新しいし、今までの俺やったらできなかったことができた作品だなと思いますね」
高橋武(Dr)「隆児くんが言ったのと同じで、僕も『フレデリズム3』で1回出し切った感は自分の中に凄くあったんですよ。だからこそ、その上で新しくミニアルバムを制作するとなったらインプットがめちゃくちゃ大切になるなと思っていたんですけど、今回はツアーを回りながらの制作だったので、凄く生々しい作品になったなと思っていて。それこそ“MYSTERY JOURNEY”はそれがめちゃくちゃ顕著で、録ってからリリースまでが今までで一番早かったんです。そういう意味でツアーのモードだったり、ツアーを経ていく中で自分達が見た景色をちゃんと作品に落とし込めたなと思います。タイムラグがないということが今回の作品の特徴だなと」
――インプットという面では、武くんにとっては何が一番大きかったんですか。やっぱりツアー?
高橋「ツアーですね。普段だったらライヴの前日も現地でスタジオに入ることが多かったんですけど、今回はいろんな景色を見に行ったんですよ。……実は僕、去年は結構自分のドラムのことで悩んでいて。このまま30年、40年と歳を取った時に、自分はたぶんこういうドラマーになっていて、これくらいの感じで、こういう演奏ができているんだろうなっていうのが見えてきてしまって、それが自分の辿り着きたいところには行けてないイメージで。それで、これは根本的に何かを変えなきゃいけないなと思ったんです。そうやって悩んでいた時に、尊敬する沼澤尚さんに連絡を取っていろいろ話を聞いてもらったり、一緒にスタジオに入ったりしたんですよ。その中で自分に対して甘いなと思ったのが、インプットしたことを音楽に変換するまでの道筋が割と曖昧だなということで。沼澤さんはそこがはっきりしてるんですよね。たとえば映画を観ても、そこで抱いた感情を自分の中でちゃんと音楽にリンクさせる作業をしてる感じがする。対して自分は、何かインプットしても『あぁ、こういう気持ちになったな』っていうので済ませちゃってたから、そこを変えていくと何か変わるんじゃないかと思って。だからツアー中にいろんな景色を見に行ったり、美術館に行ったり――ふらっと向かった先で康司くんとたまたま同じところで会うこともあったんですけど(笑)」
三原康司(Ba)「(笑)」
高橋「そこで見て感じたものに対して、『この感覚をドラムで表現するとしたら自分はどうするだろう?』って考えるプロセスを頭の中で必ず踏むようにしたんです。それが自分的には『フレデリズム3』以降、音楽への変換の仕方で大きく変わったところで」
――インプットと言っても、たとえばこういうジャンルを聴いてこういうドラムをマスターしてみようではなくて、自分の感性を自分のドラムの表現に変換するという。
高橋「そうですね。もちろん音楽的なインプットも増やそうと思っていろんな作品を聴いてたので、両方ではありますけど。たとえば代々木(昨年6月29日の国立代々木競技場 第一体育館での公演)が終わったくらいから、毎日1枚、聴いたことのないアルバムを聴くようにはしてましたし。ただどちらにしても、インプットしたものを自分のドラムに変換する時の道筋を明確にしたのが大きい」
――凄く面白いし、武くんにとって重要な1年だったんですね。
高橋「そうですね」
photo/渡邉一生
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――では康司くん、今回の『優游涵泳回遊録』をどう捉えてますか。
康司「今メンバーの話を聞いていて、このミニアルバムを『優游涵泳回遊録』というタイトルにしただけのことがあるなと感じてましたね。優游涵泳っていうのはじっくり芸術を楽しむ、いろんなものに触れてゆったりとした心のまま感じ取るという意味合いなんですけど、今回、僕らはそれをいかに音楽で実現できるかっていうことをひとつのテーマとしていて。この作品はそれができたと思うし、本当にこのタイトルにしてよかったなと思います。『フレデリズム3』というアルバムを出して、次の道筋を自分達がどう描いていくかという中で、自分自身の人生の冒険を考える機会もあったし、実際に全国ツアーを回っていく過程での冒険もあったんですけど、そういった冒険を経てこの作品に行き着いた感覚があります」
――実際、『フレデリズム3』という自分達の中でもひとつ到達点を感じるような作品を作り上げた後、次はどうしようとなった時に、4人の中では具体的にどんな会話が行われたんですか。
康司「『フレデリズム3』での経験はちゃんと活かしていきたいということは話していたんですけど、その上で、自分達にとっても刺激的で、かつ、フレデリックを知ってくれてる人達が聴いた時にも『これは知らないフレデリックだな』と思ってもらえるような作品を作りたいっていう話をして。とはいえ、最初のほうは『どうする……?』って感じだったんですけど(笑)」
健司「でも今回は康司が、こういうミニアルバムにしたいってコンセプトを持って作ろうっていう話をしてくれたんですよ。で、自分の中では、そういう康司の世界観が先にあることによって面白くなりそうだなっていう印象があって。もちろん今までもそれぞれの作品に対するイメージを持って作ってはいたけど、どちらかと言うと作っていく中でどんどん湧いていくみたいな感じやったんですね。けど今回は、まず康司の中に『こういうのを作りたい』っていうのがドンとある印象で。フレデリックとしての世界観というより、三原康司の世界観がまず初めにある。で、そこに触発されてフレデリックの作品になっていくという。そういう意味では、今の僕の感覚としては『うちゅうにむちゅう』(2014年3月にリリースされた初の全国流通盤)とかインディーズの時に作品を作った感じに似てるなって思ってるんですけど」
――なるほど、それはわかります。
健司「もちろん当時と違って、この年月の間に僕らが獲得してきた圧倒的な進化というか、引き出しの多さはあるんですけど、ただ当時あったような『これは何かしらやってくれるんじゃないか』っていう未知のヒリヒリ感が今回はある。それって年月を重ねると出せなくなってくる部分だと思うんですよ。いろんな攻め方も守り方も知ってる今の状態で、このヒリヒリ感が出せるのは強いなと思います」
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――実際、本当にツアーと並行して制作をしていった感じなんですか?
康司「そうですね」
健司「だからマジで9月くらいから記憶がない……」
――(笑)。
赤頭:録った順番とかほんまにわからん……
康司「ほんまに覚えてない(笑)。濃かったよな。ライヴの合間にレコーディングがあった感じで」
赤頭:やっぱりツアー中やったから、まずはライヴが中心にあって。で、まだ完成してない曲をライヴでやろうってところから始まったやん?
康司「そうやな。それが“虜”なんですけど」
赤頭:だからライヴが中心にあったなと思う。結構久しぶりやったやん、レコーディングしてない曲をライヴでやろうっていうの。
健司「去年の夏くらいから制作を始めたんですけど、ワンマンツアーが9月15日から始まるっていうところで、このツアーという旅を自分達にとってもお客さんにとってもいいものにしたいと考えた時に、まだ未完成やった“虜”をライヴでやって、旅する中で育てていてもいいんじゃないかっていう話になって。最初はまだ1コーラスくらいしかなかったんですけど、それをMCの間に挟んでやってみたりして。そうやってライヴしながらレコーディングをすることの意味をより深めていった感じはあります」
康司「実際、公演ごとに変わっていったもんな」
健司「な。最初はカッティングで始めていたところから、フレーズを変えてみたりとか、結構細部も含めて変わっていったんですよ」
康司「タイトルも一番最初は“はなれられないの”っていう仮タイトルだったんですけど、そこも進むにつれて変わっていって」
――実際、“虜”は今回のミニアルバムの中でも肉体的な快楽性の強い楽曲だと思うんですけど、ライヴと並行して作っていくと、ライヴでの再現性が高い楽曲がそのまま作品になっていくことも多いと思うんですよ。でもこのミニアルバムはそういうものでもなくて。音の遊びも凄く多いし、それこそ音をパンさせることによる面白さとか、音響的な作り込みもなされている作品で。そういう、ツアーを並行して作っていきながらもライヴ脳だけではない部分も発揮されているのが面白いなと思うんですけど、そう言われて自分達ではどう思います?
高橋:めっちゃ確かになと思いました。肉体的なライヴ感っていうことだけじゃない音源にはなってるなっていうのは、僕も思う。そもそもフレデリックはライヴとレコーディングを切り離して考えることも多いから、今回特別に意識したというよりも自然な結果なんですけど、話を聞いててなるほどなと思いました」
康司「ライヴ脳で作っていく感じって、結構見えやすいんですよね。『この曲はこうなっていくだろうな』っていう想像上のゴールが見えやすいというか、簡単にできちゃう感覚がある。それはそれで面白いけど、でもやっぱりフレデリックは驚きを作りたいし、たとえばファンクっぽい曲だったのにそれが聴いたことのない形に発展するとか、みんなの予想をちょっと裏切った展開にするほうが面白いなと思うので。それは僕らだけじゃなく、フロアで踊ってるみんなもそのほうが嬉しいんじゃないかなっていうふうにも思うし。そうやって曲がどんどん変わっていったのはあると思います」
赤頭「どの曲にも、リファレンスはあると言えばあるんですよ。会話の中で『あの曲っぽく』『こういうジャンル』みたいな話をすることもあるし。でも俺らはどうしたってその通りにはならんというか、どんなにリスペクトしてるものでもその通りにはやりたくない、同じようなものにはしたくないってところがみんなあるんですよね。それが行き過ぎたのが“虜”の最後のソロやったりするんですけど(笑)。あの曲はFunkadelicを意識してたんやけど、でも最後はもう、アンプから煙出てそうなあんまり聴いたことがない音にしたいと思って。“MYSTERY JOURNEY”に関してもリファレンスはあるけど、それ以上に『フレデリックっぽさって何やろうな』と思ったら、ああいう音になりました」
――結果、あの歪んだ音に行きついた?
赤頭「フレデリックっぽいが歪んでるというよりは、この音楽に対してこういう手段を取ることっていう意味でフレデリックっぽいって感じでした」
――なるほど。普通だったらこういう音は乗ってこないだろうなという角度から楽曲を見てみたり、そうやってユニークな掛け合わせを開拓していくこともフレデリックの面白さであり、フレデリックらしさである、と。
赤頭「そうですね。そのらしさをまた新たに研究中のアルバムでもありますね」
photo/AZUSA TAKADA
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――“MYSTERY JOURNEY”は、当初はもうちょっとポップな印象の曲だったところから、チームで話しているうちにガツンと行ったほうがいいよねという話になり、そのイメージで作り直していく中で隆児くんが凄いファズを持ってきて……という感じで楽曲が変化していったと伺いましたが。
健司「それこそ“MYSTERY JOURNEY”は旅をテーマにしている曲ですけど、このアルバムを作っていくうちにどんどん奇妙さが増していった曲でもあって。変わったというよりかは、フレデリック色に染めた印象ですね。これにフレデリックの色をつけたらどうなるのかっていうのを、音色をメインに作り上げていけた感覚がありますね」
高橋:ドラムも最初に康司くんが持ってきてくれたデモから二転三転してて。最初は割とハウスっぽいビートだったんですけど、そこに対してBメロだけ1920年代のジャズみたいなフレーズを入れてみたり。それは僕の中で、時代を行き来することで旅というものを表現できたら面白いかなっていうところから着想を得たんですけど、でも健司くんが言った通り、作っていく中でどんどんフレデリックの風景に染まっていった印象がありますね。その中で今みたいなシンプルで力強い重心の低いドラムのサウンドになっていった感覚です
――サウンドだけじゃなく、メロディの展開も面白いですよね。
健司「2サビ後の?」
――そうそう。実際、歌ってみてどうだったんですか。
健司「これは褒め言葉なんですけど、めっちゃ気持ち悪いメロディやなと思ってました(笑)。あのメロって、元々はサビやったっけ?」
康司「サビであったな」
健司「それを移動させたのも含めて、より奇妙さが出た感じはあって」
赤頭「あそこを歌う時、奇妙過ぎて、健司くんは俺のギターをミュートしてました」
健司「それ今言おうと思ってやめたのに(笑)」
全員「はははははははははは」
――そうだよね、引っ張られちゃうよね。
健司「そうそう」
赤頭「あそこ、ライヴでもよく歌えるなと思う」
photo/渡邉一生
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――この曲に限らず、このバンドが持っているいい意味でのストレンジさが随所に出ている作品だなと思うんですが。今までの制作と感覚的に違う部分があったとしたら、それはどんなところなのか教えていただけますか。
高橋:特に“midnight creative drive”が顕著なんですけど、ツアー中に作ったということもあって、康司くんが何を見て作ったのかっていうのをいつも以上に共有できている感じは露骨にありますね。だからこそ、その景色を僕もイメージできて。共有できてる度はいつもよりも高い気がします
康司「僕は楽曲を作るにあたって、最初から目的を決めていったことが前の制作とは違った部分だなと思っていて。あらかじめテーマを決めて曲を作るってことは今までもあったんですけど、今回は作品全体としてこうしていこうっていうものがあったからこそ新しいものができたなと思います。とはいえその目的地に辿り着くまでは大変なことも多くて、何度もアレンジを変える楽曲は多かったんですけど、武ちゃんが言う通り、今まで以上にしっかり同じ方向を見ながら作品を作り上げられたなと思います」
健司「新しいことをやりたい、自分らでも驚くようなものを作りたいっていうのは今回強かったんですけど、そもそもそういう気持ちになったのは、代々木の後、バンドとして自分達はどう生きていこうかっていう話を結構したんですよね。4人とも30代に突入して、今後どんなバンドになっていきたいかを考えたら、食いっぱぐれないように平行線で続けるよりかは、もっと志高くやっていくほうが生き方としても面白いなと思ったし、そこに向かっていくことがフレデリックを成長させるんじゃないかって思って……それでアリーナツアーをやるバンドになるっていう目標を掲げたんですよね。その上で、じゃあアリーナツアーにどんな人が来て欲しいのかを想像した時に、自分達の色を薄めて今の音楽シーンの中で一番触れてもらいやすいものにする道を選ぶのか――」
――つまり最大公約数みたいなものを狙う楽曲を作る道?
健司「そう、それを選ぶのか、それとはまた異なる、自分達が面白いと思う音楽でアリーナに人を集める道を選ぶのかというふたつの選択肢があって。で、フレデリックなら後者を選ぶでしょって全員が思ったんですよ。『俺らの音楽を面白いと思ってくれる人が1万人集まるってだけで面白い世の中になるやんな』って」
康司「うん。フレデリックとしてアリーナツアーに向かうために僕らがやるべきことって、自分達の個性を磨くことであり、その個性をいかに面白おかしく聴かせられるかを突き詰めることだと思うっていう話をして」
健司「そう。だからこそ自分達の音楽をもっと突き抜けさせようっていう方向が定まったし、そのためにも4人が面白い思うものの共通項を増やそうって話をしたんですよね。その時にひとつ出てきたのが、どの曲においても何かしら『キショいもの』を作りたいってことで」
――キショいもの?
健司「言葉を換えると違和感だったり、ちょっと変わったものってことになると思うんですけど、俺らの中では『キショい』っていうワードが一番しっくり来るなって(笑)」
――(笑)。
高橋:その言葉、メンバー内では凄く共有しやすいんだよね(笑)
健司「そう(笑)。でも『うちゅうにむちゅう』然り、フレデリックが最初に出てきた時の印象って『キショい』が一番合うと思うんですよ。だからフレデリックはちゃんとどこかに絶対キショいのを持とうっていう、そのマインドは今回の楽曲群にも表れてるし、変化の根本はそういうところからきていると思いますね」
――その判断ができたのは凄く重要なことだなと思います。キショいって言葉で表してくれたフレデリックのストレンジさ、ユニークさを突き詰めていった先に、アリーナツアーができる規模のバンドとしていろんな人を巻き込み、この音楽の面白さを共有して広げていくのだということ。そのマインドセットをできたこと自体が、今後のフレデリックにとってとても大きなことだと思うし、だからこそこの『優游涵泳回遊録』が音楽的な刺激と面白さに溢れた素晴らしい作品になったんじゃないかな、と。
健司「はい。ほんと、自分らでもそう思えてますね」
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――今回、サウンドにしても展開にしても、本当に面白いアイディアがたくさん詰め込まれていて。たとえば“midnight creative drive”にしても、中盤までは爽やかに心地よくドライヴするディスコチューンなのに、そこから不穏な魔界へと突入していくような展開で。気づいたら聴き始めた時とは全然違う景色の中にいる、あの感覚は本当に見事だなと思うし、フレデリックのひとつの真骨頂ですよね。
康司「ありがとうございます。この曲はまさに、普通に聴いてたら行ったことないところに辿り着いた、みたいな感じには絶対したかったんですよ。途中でちょっと高速降りて森の中に入ってみたらすげえきれいな花畑があったみたいな、そういう感覚に陥る誘導の仕方をしたくて。そのコード進行をいかに作っていくかが悩んだ部分でもあったんですけど、しっかり形にできましたね
――特に、途中で2度目のエンジン音が入ってくる辺りから、ギターとベースがハモりつつ、どんどん不穏な印象になっていって。
康司「ふふふ、そこもこだわりました」
赤頭「あれはまさに康司くんって感じだよな。僕では思いつかない(笑)。ギターっぽくもないしシンセっぽくもないし、何でこれにしたんやろ?っていうか、本当に康司くんっぽいとしか言いようがないフレーズ。人によってはフレデリックっぽいと思うかもしれないんですけど、あれは俺には思いつかないヤツです」
康司「僕も最初はこういう展開にするとは思ってなかったですけどね(笑)。今回はどの楽曲もそうなんですけど、とにかく『知らないフレデリック』に出会いたいと思っていたので、その探求心とか好奇心がこういうふうに結実していったところがあって。でもそれって、まさに旅する中で見えてきた景色でもあるから。そういう意味でフレデリックの正統派な楽曲なんじゃないかなと思います」
――確かに。“FEB”という曲も凄く面白い構造で、ロマンティックなネオソウルに、突如エクスペリメンタルなアンビエントトラックが挿入されるという。これは4人でどう共有しながら完成まで持っていったんですか。
康司「この楽曲はそもそも、シーズンごとに聴ける曲があったらいいよねっていうのが始まりで。で、フレデリックにとって2月ってバンドにとって特別なライヴが多い月でもあるし、このミニアルバムのリリース日も2月だし、さらには僕と健司が双子っていうのもあって――」
――さらに言えば、ふたりの誕生日も2月だしね。
康司「はい(笑)。だから個人的に『2』っていう数字自体に凄く想いがあるんですよね。それで、毎年どこかの季節で聴ける曲を作るなら、僕は2月の曲を書きたいなっていうのがずっとふわっと自分の中にあって。そこから組み立てていった感じでした。楽曲自体、元々はJ-ROCKのバラード調のデモだったんですよ。そのなごりは健司が歌ってくれてるメロディに残ってるんですけど、この雰囲気のままじゃダメだなとなって、何か違う景色を描きたいなと。で、僕は当時、Men I Trustっていうアーティストをよく聴いてたんですけど、ちょっとドリームポップっぽい方向に持っていったほうがこの曲のニュアンスに合うんじゃないかなと思ってメンバーに提案したら、それやったらKHRUANGBINっぽいフレーズが合うよねっていう会話があったりして。そうやって今の方向性になった感じでしたね」
――途中で挿入されるアンビエント・セクションというか、インスト1曲ぶち込んでるような展開はどういうふうにできていったんですか。
康司「このアイディア自体はメンバーから出てきて。健司やったっけ?」
健司「そうね。元々はブレイクがあってすぐに歌う展開だったんですけど、そこが何となく不自然やなって話をしてて。で、あんまりフレデリックでやってきてないことやってみない?というところから、長尺のSEとか入れてもいいんじゃないかって話をしたんですよ。ライヴをイメージできる曲ってフレデリックにはいっぱいあるけど、もっと普段の生活の中で聴く時に……たとえば夜に聴いて溶け込むくらいの聴き方ができるフレデリックの音楽があればいいなと思ってたから。そういう意味で、SE的な部分が入ることによって世界観がより深まるんじゃないかと思って、それを康司に作ってもらったという。でも康司からこれが上がってきた時はびっくりしましたけどね。アイディアは出したけど、実際に手を加えたのは康司やから、康司の発想ってやっぱめちゃくちゃ面白いなと思いました」
康司「自分でも作ってて凄く面白かったですね。“FEB”はこの4分半の間に1年を巡るような展開にしたいというのも思ってたので、それができてよかったなと思うし。で、そういうことを思う度に、旅しててよかったなと思います。フレデリックは1年中ツアーをしているバンドですけど、そうやって実際に旅を経験する度に、楽曲がどんどん展開していく道筋とか重みとか、景色が変わる瞬間のイメージがしやすくなっていて。今回の作品にはいろんな要素がふんだんに入り込んでいるんですけど、それってあの時に回ってたツアーやったり、これまでに経験してきた旅の密度が濃かったことの証でもあるんですよね。今って(DTMなどの)ソフトが進化して、そこまで音楽知識がなくても音楽を作れる時代に突入しているからこそ、こうやってステージに立ってやり続けてるバンド達がソフトだけじゃ作れないものを作らないと示しがつかないよなっていう気持ちもあるので、こういう作品が作れたことを嬉しく思いますね」
photo/AZUSA TAKADA
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――“スパークルダンサー”と“銀河の果てに連れ去って!”についても伺います。どちらも非常にキャッチーかつアッパーな高揚感のあるフレデリックらしい楽曲ですけど、これも今までの定石とはまた異なる感触を抱く曲でもあって。この2曲はどんなイメージで生まれたか、教えていただけますか。
康司「“スパークルダンサー”は、『優游涵泳回遊録』という攻めたミニアルバムを作る中で、攻めるからこそ刺さる曲を絶対に作りたいっていうのはずっと思ってたんですよね。その中でボートレースのCMのお話をいただいて、まさにこれや!と思って。ボートレーサーの方は競技の中で危険な場面に遭うことも多いというお話を聞いたんですけど、それでも恐ることなく目標に向かって突き進んでいく姿は、僕らミュージシャンから見ても尊敬するものだし、自分達が今持ってるギラギラしたいっていう気持ちと重なったところがあったんですよね。それで、何かに向かって突き進むことをフレデリックで表現するならどういう形がいいんだろうって考えていく中で、ボートレースで果敢に攻めていくような、ボートが水面を弾いて水飛沫がバーッと飛ぶのが見えるような曲にしたいなと思って。その水飛沫の感じがスパークルっていうキーワードに繋がってるのと、あと自分達がライヴする中で、フロアで自由に踊ってる人達を見るとスパークルダンサーだなと思ったりするんですよ。そこの部分を重ねて作っていきました」
健司「最初にCMのお話をいただいてから、康司がデモを上げてくるまでがめっちゃ早かったよな?」
康司「その辺の記憶が曖昧だけど(笑)、でもそうだったかも」
健司「それもツアー中やったんですけど、康司が『ヤバい曲ができた』っ話をしてて。そもそもフレデリックの作曲者である康司がヤバいって言う曲って、メンバーからすると安心感がハンパないんですけど、この曲はデモを聴いた瞬間に、その安心と期待を遥かに超える楽曲やなって感じたんですよね。俺はライヴのセットリストを決める時、この先の自分達の楽曲の立ち位置を考えながら組むことが多いんですけど、“スパークルダンサー”を聴いた時にこれはその決め手になる曲――自分らがこうなりたい、こうありたいっていう願いとか想いを体現してくれる曲やなと思ったし、それこそフェスとかでも2023年にこの曲をやることで自分達がこの先どうなっていくのかを示せる、その道がすべて見えた気がして。それくらい強い曲やなと感じたんですよね。展開的にもどんどん突き抜けていく印象があるし、これは聴いた人も相当ビビるだろうなと思いましたね(笑)。実際、一番わかりやすいところで言うと、年末のフェスで“オドループ”の後に“スパークルダンサー”をやったんですよ。で、フェスにおけるフレデリックの“オドループ”ってめちゃくちゃ強いじゃないですか」
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――そうですね。まさに決め曲ですよね。
健司「だから“オドループ”を観れたらその後は別にいいかっていう人がいるのもわかるし、ましてや当時は“スパークルダンサー”はまだ世に出てなかったわけですけど、でもその中でも、この曲はしっかり通用したんですよね。そもそも『誰も知らなくても絶対に盛り上がる』というのはフレデリックのスタンスでもありますけど、それを遥かに掛け算にしてくれるような曲が“スパークルダンサー”で。で、そのイメージは康司からデモをもらった時点で既にあったんです。それがしっかりと形にできてよかったなと思うし、バンドにとって大きな曲になったなと思いますね」
――隆児くんは“スパークルダンサー”についてどんな印象を持ってますか。
赤頭「僕は『フレデリズム3』で最高傑作が作れたなと思ってたんですけど、“スパークルダンサー”ではそれをちゃんと更新できたなと思ってて。それが凄く嬉しいですね。僕は今回、この曲だけはライヴでの再現性を考えたんですけど……ギターとシンセが同じ役割を担うみたいなことって“ジャンキー”の時に初めてやって、その時にこれ以上はないなと思ってたんですけど、この曲はそれをさらに進化した形でできたなと思ってて。なんか、これ以上ないと思ってても、その先ってあるんやなと思いました。ってことは、まだこれからもあるんですかね……?」
高橋:質問?(笑)
康司「あるでしょ!(笑)」
赤頭「(笑)。“ジャンキー”の時にこれ以上は絶対ないと思ってたんですけどねぇ、ありましたね」
高橋:でも、曲を作り終える度にそう思えてるのはいいことだよね
健司「そやな」
――では武くんは?
高橋:3人が話したことにまったく同意なんですけど、それ以外のことで言うのであれば、この曲はメンバーの得意なことが凄く活きる曲だなと感じていて。健司くんのパーカッシヴな歌い方や表現力にしても、隆児くんのリズムの捉え方にしても、康司くんの付点を活かすベースラインにしても、あるいは自分のプレイの得意な感じにしても、今まで積み重ねてきた中でメンバーのプレイが活きる要素がたくさん詰め込まれているなと思っていて。その意味で、康司くんのメンバーに対する信頼感と、ある種の愛情みたいなものをもの凄く感じました
――実際、康司くんの中にもそういう想いはあったんですか。
康司「今までの経験を活かした、フレデリックが培ってきたアレンジっていうのは確実にあるなと思っているんですけど、それ以上にメンバーに対しては本当に自由にして欲しいっていうのは凄く思っていて。それを踏まえてメンバーがイメージしやすい、自分なりのアレンジを入れやすい余白は作曲段階である程度作ってる気はするけど、でも結局そこからどうできるかはメンバーそれぞれの力量なので。だから、武ちゃんは凄く優しいなと思って今の話を聞いてました(笑)」
高橋:康司くんが実際どれくらい意識してるかは僕的にはどっちでもよくて。でも、普段からメンバーに対して思ってることや感じてくれてることが曲に出てきている感じがあるんですよ
赤頭「無意識にそれやってくれてる気がするよな。だって、たまに俺が昔弾いてたフレーズがデモに入ってたりするもん。具体的に言うと“砂利道”(2014年9月リリースの『oddloop』に収録)のBメロのコード進行とか、あの頃に俺が弾いとった何かのフレーズを聴き取って入れてくれたんや!みたいなのがあって。スタジオでずっと弾いてたカッティングを入れてたりとか、そういうのも結構ある」
康司「やっぱり、メンバーがリハとかでやってることを感覚的に覚えてるっていうのはあるかもしれない。普段あんまり意識せずにやってることって、実はめっちゃ好きなことやったりするやん? 常にアンテナ張ってるわけではないけど、そうやってメンバーから自然と出てきてるものって俺もめっちゃ好きなんかもって感じはする」
高橋:無意識にメンバーのそういう部分を入れてくれてるのって、もう人柄じゃないですか
――人柄もあるし、それだけちゃんとバンドとして生きてきているからこそだと思う。リハとかで何気なくやってたことが曲に入っていくのって、一緒に積み重ねてきているからこそ起こることだと思いますね。
高橋:そうですよね。それって素敵なことだなと思います
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――“銀河の果てに連れ去って!”も、キャッチーな歌メロのシンプルな構造の楽曲のようでありながら、サビ裏で鳴ってるシンセのパンのさせ方とか、最後のサビではそれまで後ろで鳴っていたそのシンセが前面に出てくることで楽曲の印象が変わったりとか、いろんな工夫が盛り込まれていますよね。非常に面白い曲なんですが、これは?
康司「スピード感のある楽曲をこの作品に入れたいっていうのは自分が思ってたことで、それでメンバーに提案した感じだったんですけど、この楽曲を作った時、旅を回っている中で俺らが宇宙に行かなあかんやろって何となく思ってて(笑)。そういうのをテーマにした楽曲は作らなあかんなっていう使命感が勝手にあったんですよね。で、今だったらBPMが速い楽曲でも面白いアレンジができるんじゃないかと思って、そこから組み立てて作った曲です。スピード感のある楽曲の中でサウンドをしっかり聴かせたり、展開を変えたりするのって結構難しくて。一瞬で終わっちゃうじゃないですか。その瞬間瞬間の移り変わりをどう上手く聴かせられるかみたいなことは、凄く考えましたね。ちゃんと飽きさせることなく景色を変えていって、気づいたら銀河の果てに連れていかれているみたいな、そういう曲にしたいなと思ってアレンジも構成も組み立てていきました」
赤頭「この曲のデモをもらった時は何曲かデモをもらって、みんなでこれをやろうってなったことは凄く覚えてて」
健司「そう。スピード感のある曲を作りたいっていう話の中で何曲か候補があったんですけど、この曲がダントツにいいなって話になったよな。これもデモをもらった時から展開がめっちゃ面白くなりそうやなと思って」
赤頭「フレデリックらしさと面白さっていう、その両方がまさにいい塩梅で入った曲やなと思います。これはギターのフレーズはほとんどデモのままで。康司くんが作ったフレーズが凄くキャッチーで、いいところがたくさんあったので、その聴かせどころをしっかりと聴かせられるようにって意識して作りました」
高橋:僕も隆児くんと同じで、リズムに関してもデモの段階でめっちゃいいところがたくさんあったんですよ。たとえばイントロのリズムとか、康司くんがどういう発想であのリズムにしたのかは敢えて聴かなかったんですけど、僕はラモーンズとかの古きよきロックンロールのビートだなと感じて。自分がフレデリックのドラムを叩く上で大事にしていることのひとつに、いかにちゃんと元になっているものを匂わせられるかっていうのがあって
――ちゃんとルーツにあるものを感じさせる、と。
高橋:まさに。それってドラムは特に大事だと思うし、かつ、フレデリックの中ではそれが自分の役割だとも思ってるんですよね。やっぱりそういうのって、リズムによって説得力に差が出てくるから。そういう意味において、今話したロックンロールの感じだったり、自分の中で大事にしたい部分がこの曲にはたくさんあって。プラス、途中でドラムンベースっぽく叩いて欲しいっていう箇所があったんですけど、それがエイフェックス・ツインなのかスクエアプッシャーなのか、あるいは最近のトレンドっぽくやるならルイス・コールみたいな感じなのか――そういうことをいかに自分の中に落とし込んで、フレデリックの曲として昇華できるかも考えましたね。それも凄く面白かった。だってラモーンズとルイス・コールっぽさが1曲の中で出てくるなんて、フレデリックじゃないとあり得ないと思うし。どの曲も基本的にルーツになっているものは意識しているんですけど、この曲に関して言うとより面白味が出ているなと思います
――ちなみに、この曲に<優游涵泳回遊録>という言葉を入れたのは何故だったんですか。最初から決めていたの?
康司「いや、アレンジが進んでいくにつれ、ですね。楽曲の中でこのタイトル・フレーズが聴こえてきたら面白いよねっていう話になったんですけど、アルバムタイトルを決めた時に、自分の中でもこの言葉をメロディに乗せるならここだろうなっていうのは思い浮かんでたんで、それを口ずさんでたんですよ。そうしたら、健司と隆児が入れてくれた(笑)」
健司「そう。ちょうど康司がちょっと体調崩してレコーディングに来れなかった時期やったんで、うろ覚えの状態ではあったんですけど(笑)」
赤頭「その前に康司くんとZoomでシンセのやり取りをしてる時に、こういうのを入れようかなと思ってるっていう康司くんの鼻歌を聴いてたんですよ。けど、いざ録るタイミングで康司くんがおらんくなって(笑)。でも入れたいって言ってたしな、こんな感じやったと思うって言いながら健司くんに歌てもらって。だから合ってるかちょっと不安ではあったけど(笑)」
健司「ふたりで『康司っぽさを考えると、きっとこういう感じやない?』みたいなこと話しながらやったからな(笑)」
康司「いやー、ほんまにバッチリやった。俺がイメージしてたのとぴったり合ってたから、凄いなと思った。だって俺、たぶん1回しか口ずさんでないよな? その1回で俺のイメージを拾ってくれるって凄い」
赤頭「康司くんがこれこれ!って言ってくれてよかった。安心した(笑)」
――いい話。一番最後に収録されている“優游涵泳回遊録”というインストの楽曲は、他の曲がすべて揃った後で康司くんが作った感じなんですか。
康司「そうですね。このミニアルバムを作っていく中で、今回のことだけじゃなく、この先についてもいろいろ想像したんですけど、それを考えた時にこういう曲も今作の中に必要なんじゃないかなって会話があって。そのイメージをそのまま形にしたって感じでした。今までのフレデリックの制作と照らし合わせても、今回はまず自分だけで楽曲に向き合う部分が多かったんですよ。で、そういう時に表現の天井を作ることなく、自分が気持ちいいなっていう感覚だけを手繰り寄せて曲を作っていけた感覚があって。この曲は特にそうですね。……今までもフレデリックは、作品を制作していく上でどれだけ楽曲の幅を出せるかにもずっとこだわってきたんですけど、今は時代的に、単曲で音楽を聴くことが多いじゃないですか。それはそれでいいなと思いつつ、でも僕はやっぱり、ひとつの作品として全曲を楽しんで欲しいっていう気持ちも凄くあって。だからこそ今回はコンセプチュアルなものを作りたかったし、本当の意味でみんなが知らないフレデリックを聴けるものにしたかったんですよね。それが形になったと思います。ほんまに制作の時から気を抜かず、ツアーを回り続けながら全員で意識を高め合ったからこそできたミニアルバムだなと思うし、重要な作品ができたなと思いますね。この『優游涵泳回遊録』を作ったことによって、もっともっと面白いところに行ける道筋ができたんじゃないかなと思ってて。実際、トライしたいこともたくさんありますし。今回こうやって新しいものをいろいろ取り入れて作品にしたんですけど、もっと見たことのないものを、俺達にしかできない唯一無二の何かを見つけていきたいし、今回この作品でやったことをちゃんと糧にして、次の行動に向かっていきたいなっていうのは凄い思ってます」
インタビュー:有泉智子(MUSICA)